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2014年11月24日 (月)

藍染川と梅壷侍従蘇生碑~伝衣塔

ぴろQ 筑紫路を行く その5

明光禅寺から住宅街の方へ歩いていると、小川の傍らに小さな石碑がありました。

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藍染川と梅壺侍従蘇生碑(あいぞめがわとうめつぼじじゅうそせいひ)
 この藍染川は平安時代の「伊勢物語」など多くの和歌に詠まれ、謡曲「藍染川」の舞台となった所で、次のような恋愛悲話が残っています。
 「むかし、天満宮の社人、中務頼澄が京に上った時、梅壺という天皇のお傍ら近くにつかえる女性と恋仲になり、梅千代という男の子が生まれました。やがて頼澄は筑紫に戻ってしまいました。月日が経って、梅壺は成長した我が子を父に逢わせようと大宰府まで来ましたが、頼澄の妻は夫に会わせまいと梅壺母子を追い返そうとしました。悲嘆した梅壺は藍染川に身を投げ死んでしまいます。それを知った頼澄が、梅壺の蘇生を天神様に祈ったところ梅壺は生き返りました。」という物語です。(案内板より)

その奥には石塔が・・・Cimg3809042

伝衣塔(でんえとう)
 鎌倉時代のこと、大宰府横岳の崇福寺にいた聖一国師の夢枕に菅神(菅原道真公)が現れ禅の教えを問うた。そこで国師が宋(中国)の仏鑑禅師を紹介したところ菅神は一夜のうちに宋に渡り、忽ちに悟りを開いて戻って来られたという。渡宋天神の話であるが悟りの証しとしてもらった法衣を聖一国師の弟子の鉄牛円心和尚が納めて建てた塔が伝衣塔であり、その時創建されたの寺が光明禅寺と伝えられる。(案内板より)

やっぱ歴史ある街・・・不思議な伝承が沢山残ってるんですね~

住宅街を抜けて通り沿いに、えっちらおっちら・・・

Cimg3811044 坂を登って行くと・・・

Cimg3813046 Cimg3812045

九州国立博物館の入り口が!更にここから坂&階段を登って行く。これが、日頃の運動不足がたたって辛いんだ!

つづく

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