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2015年11月15日 (日)

佐賀城 本丸歴史館 前編

2015年 佐賀ドライブ その17

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14:00 佐賀城跡に到着。この辺ではタバコは吸えなさそうだったので駐車場の隅で一服。

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佐賀城は佐賀市の中心に位置し、城郭の構造は輪郭梯郭複合式平城である。幅50m以上もある堀は、石垣ではなく土塁で築かれている。平坦な土地にあるため、城内が見えないように土塁にはマツやクスノキが植えられている。城が樹木の中に沈み込んで見えることや、かつては幾重にも外堀を巡らし、攻撃にあった際は主要部以外は水没させ敵の侵攻を防衛する仕組みになっていたことから、「沈み城」とも呼ばれてきた。また城郭と城下町の完成予想図と思われる「慶長御積絵図」とは異なる部分が多く、厳密には未完成の城である。

江戸時代には、城下と城内に掘割が縦横に張り巡らされ、生活用水に使用されていた。また、城下には豊前小倉から長崎まで続く長崎街道が通り、宿場町としても栄えた。(wikipediaより)

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鯱の門 (国の重要文化財)
天保9年(1838)当時の姿を残す。佐賀戦争の銃弾跡も残っている。(リーフレットより)

鯱の門をくぐって中に入ると・・・

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佐賀城本丸歴史館 があります。玄関には・・・

アームストロング砲 Cimg2326_3

 アームストロング砲は、イギリスのウィリアム・アームストロング(1810~1900)が開発した施条(ライフル)砲。
 幕末の日本では、幕府や諸藩が輸入しており、佐賀藩も6ポンド、9ポンドなど、各種の砲を所持していた。この砲は9ポンドの模型であるが、上野戦争で使用された物は、後装6ポンド砲と考えられている。佐賀藩の資料によると6ポンドアームストロング砲は、口径2,5インチ(6,35cm)、砲の全長60,125インチ(152,7cm)、重量3ハンドレッドウエイト(152,4kg)、施条(ライフル)の数は30または32条。12丁(1309m)と15丁(1636m)の試射の記録があり、この程度が有効射程距離だったと思われる。(案内板より)

Cimg2328_2 その後ろに控えしは・・・

こちらも大砲!(名前は残念ながら控えてない!)

つづく

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